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浦和地方裁判所 昭和60年(ワ)989号 判決

原告

下玉利栄幸

被告

東都観光バス株式会社

ほか三名

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金一四五万円及び右のうち金一二〇万円に対する昭和五八年五月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金一億〇九五一万四二六七円及び右のうち金一億〇四三一万四二六七円に対する昭和五八年五月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告ら四名

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告東都観光バス株式会社(以下「被告東都」という。)、同日生交通株式会社(以下「被告日生」という。)、同永井祥彦(以下「被告永井」という。)。

(一) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  責任原因

(一) 原告は、昭和五八年五月一三日午前零時二〇分ころ、被告岡島亮(以下「被告岡島」という。)の運転する被告東都所有の普通乗用自動車(タクシー)に客として同乗していたところ、埼玉県蕨市南町一丁目二七番地付近道路において、右岡島運転のタクシーと被告永井の運転する被告日生所有の普通乗用自動車(タクシー)とが衝突し、そのため頸椎捻挫、打撲等の傷害を負つた。

(二) 右交通事故の態様は、いわゆる出会頭の衝突であつて、その原因は、被告岡島及び同永井の両名が、いずれも信号機により交通整理の行われていない交差点を進行するにあたつては十分減速し交差点内の交通の安全に注意して進行すべき義務があるにもかかわらずこれを怠つた過失にある。

(三) 従つて、被告岡島及び同永井はいずれも民法七〇九条により、被告東都及び同日生は本件事故当時いずれも各加害車両を所有し、それぞれ右岡島、永井をして運行せしめ、もつて、これを自己のため運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法三条により、各自原告が本件交通事故により受けた損害を賠償すべき義務がある。

2  損害

(一) 原告は、本件事故により、昭和五八年五月一三日より同五九年八月一一日までの間に合計一二三日間の入院と約一一カ月にわたる通院加療を要した頸椎捻挫・打撲等の傷害を受け、また、昭和五九年八月一一日、症状固定と診断され、以下のような後遺傷害を負つた。

(1) 第二、第三番頸椎の癒合の奇形を残す。

(2) 他覚症状として左側後頸部から左肩にかけての圧痛、筋緊張、左前腕内側にシビレ感がそれぞれ残り、握力は右二〇キログラム、左一九キログラムに低下。

(3) 性的不能。

(4) 自覚症状として左側後頸部から左肩にかけて疼痛が残り、夜静かになると耳鳴りがする。

(二) 右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。

(1) 休業損害 金一〇四五万四八三八円

原告は、本件事故当時、川口市並木及び戸田市喜沢において飲食店「栄寿司」二店を経営し、自ら寿司及び日本料理の板前として稼働していたもので、毎月七〇万円以上の収入を得ていた。しかし原告は前記障害のため本件事故当日から症状が固定した昭和五九年八月一一日までの間板前として稼働できず、右収入を得ることができなかつた。

右休業中の得べかりし収入は金一〇四五万四八三八円を下回ることはない。

(2) 後遺症による逸失利益 金八三〇一万四八四八円

ア 原告は、前述の如く本件事故当時、寿司及び日本料理の板前として稼働し、月額七〇万円以上の収入を得ていたところ、前記2(一)記載のとおりの後遺障害により、寿司を握つたり、頭を少し前に傾けた姿勢をとることが著しく困難となつた。このため、右板前として稼働することはもはや不可能であるばかりか、頭を少し前に傾ける姿勢をとれない等の理由により転職の可能性も皆無である。

従つて、原告は少なくとも右後遺障害によりその労働能力の九〇パーセント以上を喪失した。

イ 症状固定と診断された昭和五九年八月一一日当時原告は満五二歳であり、板前としては、少なくとも六七歳までは稼働しうるから、労働能力喪失期間は最低でも一五年である。

ウ 従つて、右労働能力喪失期間に対応する中間利息を新ホフマン式計算法により年五分の割合によつて控除した原告の後遺症による逸失利益は金八三〇一万四八四八円である。

(3) 慰謝料 金一二三二万二〇〇〇円

ア 傷害に対する慰謝料 金二三二万二〇〇〇円

原告は、本件事故により、前記2(一)記載のとおり入院四カ月、通院一一カ月の重傷を負つたものであり、この傷害による肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料として金二三二万二〇〇〇円が相当である。

イ 後遺症に対する慰謝料 金一〇〇〇万円

原告は、本件事故により、前記2(一)記載の後遺障害を負い、このため、天職である板前としてほとんど稼働できないばかりでなく日常生活においても著しい支障を来たしており、その程度を考慮すると、本件後遺障害による肉体的、精神的苦痛は甚大でありこの苦痛に対する慰謝料として金一〇〇〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用 金五二〇万円

原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、着手金金二〇万円を支払い報酬として金五〇〇万円を支払う旨約した。

3  よつて、原告は被告東都及び同日生に対し自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告岡島及び同永井に対し民法七〇九条に基づきそれぞれ金一億〇九五一万四二六七円(右2(1)ないし(4)の合計)及び内弁護士費用五二〇万円を除く一億〇四三一万四二六七円に対する右不法行為の日である昭和五八年五月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら四名)

1  請求原因1の各事実中、原告の受傷の内容については不知。その余の事実は認める。

2  請求原因2(一)、(二)の各事実はいずれも不知。

三  被告らの主張

原告の本件事故による後遺障害について、自賠責査定事務所により一四級一〇号の認定がなされ、後遺障害分保険金として、昭和六〇年五月一三日、同年六月二〇日各七五万円合計一五〇万円が原告に支払われた。

四  被告らの主張に対する認否

被告ら主張事実は認めるが、受領した一五〇万円は本訴請求から除外してある。

第三証拠〔略〕

理由

一  責任原因について

請求原因1の各事実は、原告の本件事故による受傷の内容を除いて当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の右受傷の内容は、頸椎捻挫・打撲等であつたことが認められる。

二  損害について

1  休業損害

原告は、本件事故当時、飲食店「栄寿司」二店を経営し、自ら鮨及び日本料理の板前として稼働し、毎月七〇万円以上の収入を得ていたが、本件事故による受宣のため、事故が発生した昭和五八年五月一三日から症状が固定した昭和五九年八月一一日まで稼働することができず、その間右収入を得られなかつたと主張する。

成立に争いのない甲第二、第三号証と原告本人尋問の結果によると、本件事故後原告は昭和五八年五月一三日から同年七月二一日ころまで今井病院及び矢作病院に入院し、一旦退院して森田整形外科に通院し、その後再び同年九月二日から一一月一日まで国立王子病院に入院し、退院後昭和五九年八月一一日症状固定の日まで通院(実治療日数四四日)したこと、原告の職業は、鮨、日本料理店の板前であるが、本件事故後昭和六〇年暮ころまで稼働しなかつたことが認められる。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故による受傷のほかに、糖尿病、膵臓疾患、痛風等の疑いがあり、右期間中にそれらの検査、治療も受けていること、また前記鮨店の経営について、営業許可、調理士免許を受け、所得の税務申告をしているのはすべて妻エキ子であつて(この点につき原告本人、証人下玉利エキ子は、妻エキ子は形式的名義人に過ぎず、実質的経営者は原告であると供述するが、いずれもたやすく信用できない。)、原告自身は調理士免許もないことが認められ、月収の点について原告本人尋問の結果といずれも成立に争いのない甲第四号証の一、二、第五、第六号証、第七、第八号証の各一ないし三、第九号証によれば、原告は本件事故の前後を通じて毎月一定額の預金をし、保険料を支払つていることは認められるが、それだけでは事故による収入の減少を推認することはできず、事故前の収入と事故後の収入がそれぞれ具体的にいくらであるのかを認めるに足る証拠はまつたくない。したがつて休業損害は、これを認めることができない。

2  後遺症による逸失利益

原告は、板前として稼働し七〇万円以上の月収を得ていたが、本件事故による後遺症により一五年以上にわたり労働能力の九〇パーセント以上を喪失したと主張する。

前記甲第二号証によれば、本件事故による原告の頸椎捻挫は昭和五九年八月一一日症状固定と診断され、後遺症として第二、三番頸椎の癒合、左側後頸部から左肩へかけての圧痛、疼痛、筋緊張、握力低下、左前腕内側シビレ感等が見られたことが認められ、この後遺症について自賠責査定事務所により一四級一〇号の認定がなされ、後遺障害分保険金として合計一五〇万円が支払われたことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告の本件事故の後遺障害による労働能力喪失率は五パーセント、その喪失期間は二年程度と見るのが相当である。ところで本件事故前後の原告の収入についてこれを具体的に認定するに足る証拠がないことは前述のとおりであるが、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一〇号証によれば、日本料理、鮨等の板前(経験三〇年以上)の昭和六〇年ころの月給は五〇万円程度であつたと認められるので、その五パーセントの二年分の金額は六〇万円となるが、原告が本件事故による損害に対し、後遺症分の自賠責保険金として一五〇万円の給付を受けていることは当事者間に争いがないので、その損害は既に填補されているというべきである。

3  慰謝料

原告は、本件事故による後遺障害として、前認定の症状のほか、性的不能を生じたと主張し、原告本人尋問の結果と証人下玉利エキ子の証言中に右主張に副う部分があり、前記甲第二号証中にも同旨の記載があるが、前記のとおり原告は糖尿病、膵臓疾患、痛風等の検査、治療も受けていることからすると、仮に性的不能の事実があるとしても、本件事故との因果関係については、右各証拠のみによつてはこれを認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。そして前記認定の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺症の程度その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は総計金一二〇万円が相当である。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告は本件訴訟を原告代理人に委任し相当額の費用および報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は二五万円が相当である。

三  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告らに対し各自金一四五万円及び右金員のうち金一二〇万円に対する本件不法行為の日である昭和五八年五月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、仮執行宣言については、必要がないものと認められるのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

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